トラブル事例大項目:貸借人の原状回復 トラブル事例中項目:敷引(しきびき):退去時に敷金の一部を差引く特約 トラブル事例小項目:

タイトル:裁判事例阪神大震災と敷引特約の適用の可否

最高裁判決 平成10年9月3日
(判例時報 1653号 96頁)
(判例タイムズ 985号 131頁)

《要旨》
 敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
につき、いわゆる敷引特約(しきびきとくやく)
主として関西地区の居住用建物の賃貸借において
行われている慣行。賃貸住宅入居の際、敷金ある
いは保証金の名称で借主から貸主に対し支払われ
る預り金を、退去時に借主の債務の有無に係わら
ず、一定割合を差し引いて返還することを定めた特約。
がされた場合であっても、災害により家屋が滅失して賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り右特約を適用することはできないとした事例

(1) 事案の概要
 Yは昭和51年8月、Xに対し、賃料月額5万5,000円、期間2年の約定で、木造二階の一戸建てである本件建物を賃貸した。その後、右賃貸借契約は、2年毎に更新され、本件建物が阪神・淡路大震災により倒壊するまで18年余り継続された。この間、賃料も8回にわたり改定され、阪神・淡路大震災当時は月額8万8,000円となっていた。
 本件賃貸借契約に際しては、賃借人のXから賃貸人のYに対し、「賃借保証金(敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
)」名で100万円が差し入れられており、賃貸借契約書には、「本件建物明渡しに際しては、敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
の2割引きした金額を返還する」旨のいわゆる敷引特約(しきびきとくやく)
主として関西地区の居住用建物の賃貸借において
行われている慣行。賃貸住宅入居の際、敷金ある
いは保証金の名称で借主から貸主に対し支払われ
る預り金を、退去時に借主の債務の有無に係わら
ず、一定割合を差し引いて返還することを定めた特約。
が定められていた。
 本件建物は、平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって倒壊し、Xは本件建物から退去した。Xは、平成8年5月、Yに対し、敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
100万円の返還を求めて本件訴訟を提起した(なお、Xに賃料等の未払はない)。
 第一審(神戸地裁尼崎支部平8.9.27)は、Xの請求を全面的に認容し、控訴審(大阪高裁平9.5.7)では、逆に、一審の判決を取り消して、Xの本訴請求を棄却した。

(2) 判決の要旨
 (ア)居住用の家屋の賃貸借における敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
につき、賃貸借契約終了時にそのうちの一定金額又は一定割合の金員(以下「敷引金」という。)を返還しない旨のいわゆる敷引特約(しきびきとくやく)
主として関西地区の居住用建物の賃貸借において
行われている慣行。賃貸住宅入居の際、敷金ある
いは保証金の名称で借主から貸主に対し支払われ
る預り金を、退去時に借主の債務の有無に係わら
ず、一定割合を差し引いて返還することを定めた特約。
がされた場合において、災害により賃借家屋が消滅し、賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、敷引特約(しきびきとくやく)
主として関西地区の居住用建物の賃貸借において
行われている慣行。賃貸住宅入居の際、敷金ある
いは保証金の名称で借主から貸主に対し支払われ
る預り金を、退去時に借主の債務の有無に係わら
ず、一定割合を差し引いて返還することを定めた特約。
を適用することはできず、賃貸人は賃借人に対し敷引金を返還すべきものと解するのは相当である。
 (イ)敷引金は、いわゆる礼金(れいきん)不動産の賃貸借契約に際し、借主から貸主に支払
われる一時金の一種。通常は返還を要しないもの
とされるが、その性格については必ずしもはっきり
していない。
として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存する場合は別として、一般に、賃貸借契約が火災、震災、風水害その他の災害により当事者が予期していない時期に終了した場合についてまで返還しないとの合意が成立していたと解することはできないから、他に敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情がない限り、これを賃借人に返還すべきものである。
 (ウ)これを本件について見ると、本件賃貸借契約においては、阪神・淡路大震災のような災害によって契約が終了した場合であっても敷引金を返還しないことが明確に合意されているということはできず、その他敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情も認められない。よってXの請求には理由がある。

(3) まとめ
 本判決により、災害により賃借家屋が滅失し、賃貸借契約が終了した場合には、原則として「敷引き」という名目で敷金(しききん)
建物の借主が、賃料の滞納や不注意等による
物件の損傷・破損等に対する修復費用等の損
害金を担保するために、契約時に貸主に預け
入れるもの。
から金員を控除することはできないことになり、この方向で迅速な紛争解決が図られることが期待される。

本システムの掲載情報の正確性については万全を期しておりますが、利用者が本システムの情報を用いて行う行為については本システムの制作者、運営者は何ら責任を負うものではありません。また、同種の事案について、必ず同様の結果が得られるものではありませんのでご承知おきください。なお、個別に発生したトラブル等については、管轄の行政庁等の相談窓口等にお問い合わせください。